プロフィール

誰かが困っていたら声をかける。
できる人が、できる時に、できることで支える。
それが当たり前に息づく、温かい浦安が好きです。

須藤やや

生まれ

1995年7月 葛南病院(現 東京ベイ・浦安市川医療センター)で誕生

育ち

浦安の元町地区(堀江→北栄→当代島)
実家は北栄、祖母の住む当代島を中心に活動中

経歴

  • 東野保育園
  • 東小学校
  • 浦安中学校
  • 千葉県立船橋東高校
  • 千葉大学教育学部(小学校教員養成課程)

職歴

NTT東日本-南関東(現NTT東日本)/ 営業職からスタートし、現在は労働組合の仕事に従事

なぜ? 私が政治を志したのか

原点は、消防団活動

大学生の頃から消防団に入り、社会人になってからは青年会議所をはじめ、縁のあった市民団体に積極的に関わり、様々な分野の地域活動に携わってきました。

地域の中に飛び込み、人と関わりながら活動を積み重ねる中で、「浦安のために何かできることはないか」という思いが、少しずつ自分の中で育っていきました。

政治を志すようになった原点は、この消防団活動をはじめとする地道な地域活動にあります。

100人カイギで、視野が大きく広がった

そんな中、2年ほど前に、浦安で活躍する人々を紹介するトークイベント「100人カイギ」を立ち上げる方と出会いました。

「浦安のいろいろな人に出会えるかもしれない」「司会やファシリテーターなど自分の強みを活かせるかもしれない」——そんな思いから、初期の事務局メンバーとして運営に携わることを決めました。

事務局のメンバーは、会社員、主婦、市民団体を運営する方、フリーランスなど、様々な生き方をする方々でした。

「100人カイギを通して、街に化学反応を起こしたい」という共通の熱量を持つ、素敵な仲間でした。

これまで消防団や青年会議所という、どちらかというと元町の地元出身者が多いコミュニティで活動してきた私にとって、100人カイギは視野を大きく広げてくれる出会いの場になりました。

新町を拠点に活動する方ともたくさん知り合い、団地での子育て世帯の話、マンション防災への意識、子育てをきっかけに自分の活動を始めた話など、多くの新鮮な発見がありました。

特に、子育てをする上で直面する課題や、子育てをしながら女性が自分らしく生きることへの熱量の高さを強く感じました。

自分が生まれ育ってきた浦安の姿だけでなく、国道357号線を越えた先にも、同じように街に愛着を持ち、人とのつながりを求めて活動している方々がいることに気づき、もっと広く浦安を見たいと思うようになりました。

浦安は、漁師町から2度の埋め立てを経て面積を広げ、テーマパークの誘致を経て今日の姿があります。この特殊なまちづくりの歴史から生まれた「古きと新しき」が共存する魅力を、私は守りたいと思っています。

学びと出会いが、背中を押してくれた

毎月登壇してくれる方や、見に来てくれる方々と知り合い、それぞれの活動や「なぜその活動を始めたのか」を聞く中で、「自分らしいことをやってみたいけれど、踏み出すきっかけを探している方」が浦安にはたくさんいることに気づきました。

特に印象に残っているのが、NPOナナメちゃんの荒木さんとの出会いです。

市民活動を始めるまでの決断や、仲間づくりの大変さを抱えていらしたこと。100人カイギへの登壇をきっかけに、その後も参加者とのコラボレーションなど活動の幅が広がったこと。

「100人カイギに出られたことに感謝している」と言ってくださったことが、今も心に残っています。

こうした学びや出会いのひとつひとつが、消防団活動を通じて育ってきた「浦安のために何かしたい」という思いが、確かな形にしてくれました。

事務局運営はとにかく楽しくて、好きでやっていることですが、誰かの世界を広げるきっかけになっていることが、私にとって大きなやりがいであり、同時に自分自身の背中を押してくれる経験でもありました。

市民活動の先にある、政治への想い

市民活動歴何十年という先輩方と比べれば、私が知る世界はまだほんの少しです。
ただ、市民活動は地域課題の解決を出発点にしていることから、社会課題とまではいかなくても、住民が感じる小さな課題や「もう少しこうなったら良いのに」ということが、豊かに見える浦安にも実はたくさんあります。

市民活動でソフト面の課題は解決できても、ハード面には行政との連携が欠かせない場面が出てきます。
例えば「子育てが孤立している」という課題があったとき、同じ子育て中の仲間が集まって悩みを共有する場をつくることはできますが、継続的に使える拠点の提供や、そこから出てくる声を制度に反映するには、行政や政治との関わりが必要になります。
私は、その架け橋になりたいと思っています。

正直、「行政」や「政治」という言葉はできるだけ使いたくありません。
どこか堅苦しく、難しい印象を与えてしまうからです。
仲間とおしゃべりしている延長に、自分たちの活動の延長線上に、調整役を担う役割として政治がある——私はそう思っています。

政治団体を立ち上げると決めたとき、私が自分に問いかけたのは
「どれだけ市民感覚に近い活動ができるか」
「話しやすく、相談しやすい人間であれるか」
ということでした。
緊張や大きな変化というよりも、これまでの活動の延長線のような、自然な感覚でした。

好きなこと、大切にしていること

消防団に入ったきっかけ

大学生の頃、市役所インターンで市内の様々な団体や祭り、イベントに参加しました。そんな中、知り合った市役所職員の女性から「消防団、楽しそうにやってるよ、入ったら」と誘われたのがきっかけです。
当時の私は「消防団=体育会系、自分には無縁」と思っており、見学だけのつもりで軽い気持ちで訪れました。

実際に訓練を見学すると、女性団員の方々がとても親切に声をかけてくださり、皆さんの温かい雰囲気から、

「ここでなら活動できそう」と思い、入団を決めました。

入団当初、女性団員は、救命講習の指導や啓発活動が中心でしたが、時代の変化や浦安市の状況を踏まえ、今では女性も火災現場での活動を想定した、実践的な訓練が中心になっています。

街を守るという意識の高い仲間と共に、消防知識を学びながら活動できていることは、私にとって大きな財産です。

浦安の防災には女性の力が不可欠だと感じており、消防団は自分にとって最も大切にしている地域活動です。

NTTでの経験

NTTでは営業職としてスタートし、ここ数年は労働組合の仕事を担っています。
入社当時から、地域の通信インフラを守る責任ある企業であること、災害時には真っ先に通信復旧にあたり、災害用伝言ダイヤル「171」を提供するなど、日本の通信を支える使命感のある企業風土の中で、インフラの重要性を学びました。

労働組合での仕事は珍しいキャリアですが、実は政治に関わる部分も多く、地元での活動とも通じるものがあります。

座右の銘「意志あるところに道は開ける」

この言葉に出会ったのは中学生の頃です。
私は小学生の頃までずっと引っ込み思案で、人前に出ることや、授業で手を挙げて発表することが苦手なまま過ごしてきました。

中学生の時、習い事を始める条件として親とテストの順位を約束したのですが、あと一歩届きませんでした。
その代わりに出場した英語のスピーチコンテストで、周りの生徒から認めてもらえたことをきっかけに、生徒会活動やホームステイなど、新しい挑戦に踏み出せるようになりました。

「意志」を持った瞬間に、道が開け、次が見えてくる——そう感じた経験から、私はいつも意志を持ち続けることを大切にしています。

須藤ややは、こんな人です

お母さんキャラ

浦安の地域イベントに参加、街歩き、カフェ巡り

子どもの頃、婦人部のお手伝いでおにぎりを大量に作ったこと

潮の香りがふわっとする瞬間、舟入緑道、境川のライトアップ

祭りの会の仲間に「あなたは既に当代島の人と人を繋いでる」と言ってもらえたこと

救急フェアや市民まつりなどで子ども向けに救命講習を指導する際、子どもが一生懸命に胸骨圧迫をしている姿。頼もしくてカッコいい!

成人式でショーベースの舞台でスピーチしたこと

富安茶楼、旬菜バルSAI、楪、麺屋土竜

スカイダイビング

古さと新しさが入り交ざっているところ

地域活動、所属・活動団体一覧

  • 浦安市消防団女性分団
  • UDFC(RUN伴うらやす主催)
  • 浦安水辺の会
  • 当代島まちづくり協議会
  • 浦安市100人カイギ
  • URA-CIMA
  • 乱舞會(当代島)
  • バウンドテニス・ナイト
  • 公益社団法人浦安青年会議所
  • うらやす市民大学令和8年度春学期「わたしのまちづくり活動」